プランBとは「代替案」という意味の言葉です。
キャリアにおいて良質なプランBを持つことはとても重要です。
プランBがあれば経済的・精神的な余裕が生まれ、プランAにも良い影響がでます。
プランBの重要性は別の記事で説明していますのでこちらを参照ください。
プランBのすゝめプランBの形は人によって異なり、「転職」や「英語」などのスキル・資格でもあり得ます。
中には自分が準備するべきプランBとは何か、どうやってプランBを考えれば良いかわからないという人もいるでしょう。
そこで様々な方に「あなたのプランB」は何かをお聞きし、皆さんの人生におけるプランBの考え方の参考にしてもらおうと思いました。
今回は会社員ながらガジェットブロガーとして活躍し、フォロワー2.5万人を誇るマクリンさん(@Maku_ring)に書いていただきました。
最近ではコワーキングスペースの運営も始めたマクリンさんのプランBは、皆さんがプランBを考える上でとても有益な情報ばかりなのでぜひ参考にしてください。
1. マクリンさんのキャリア
はじめまして、マクリンと申します。
僕は半導体メーカーに新卒入社し、車載向け半導体製品の設計や営業技術を経験しました。
その後、表面処理会社に転職し、コーティングを提案する営業マンに転身しました。
それから食品会社のネスレ日本株式会社に転職して、栄養剤の営業職を経て本社に異動し、マーケティング職に従事しました。
さらに株式会社もしもに転職してメディア営業にたずさわり、現在にいたります。
こうやって振り返ると、僕のキャリアは「自分の弱点をつぶす」というテーマのもと、エンジニアから営業技術、営業からマーケティングと幅広い職種に触れるものでした。
とはいえ、世間的にはいわゆる「ジョブホッパー」なのかもしれませんw
ただ「どこの会社でも通用するスキル(エンプロイアビリティ)」を身につけるには、ジョブホッパーであることが大事だと思います。
本業以外の副収入を得る点でも、それは無視できないものでした。
2. マクリンさんにとってのプランB
プランBを見つけるまでの営業時代
僕は会社員をやりながらサイト「マクリン」やオンラインサロン「マクサン」を運営し、リアルではコワーキングスペース「Ray Terrace(レイテラス)」も運営しています。
これだけいろいろなことができるようになったのは、さまざまな会社でいろいろなことを経験したことに他なりません。
しかし、僕にとっての本業は「自分のコンプレックスであるアガリ症、それにともなう多汗をいかに克服するか」という戦いでした。
全くもって順風満帆なものではなかったのです……。
新卒時に理系職を選んだのも、関連する大学院を修了したのもありますが、社内外の人とのコミュニケーションを減らせるかもしれない、そういう後ろ向きな理由からでした。
しかし、いざ業務を進めてみると、プレゼン・報告・ミーティングなど、ちょっとした緊張を強いられる場面でもアガリ症と多汗が頭をもたげ「このままでは仕事を人並みに進めることすら難しい」と感じ始めました。
つまり、自分のコンプレックスを克服しないと、これ以上キャリアが広がらず、人生も頭打ちになることに気付いたのです。
僕は自己改革のため、思い切って営業の世界に飛び込むことにしました。
その手法に選んだのは「ハードワークの会社で泥臭い営業経験を積みまくり、コンプレックスを強制的に乗り越える」というものでした。
エンジニアから営業への転身は困難をきわめました……。
どんなお客様とコミュニケーションをとっても、とたんに心臓がバクバクしておでこから汗が吹き出す始末。
まともに営業活動ができない状況が続きましたが、コンプレックス克服のための何かを掴むため、とにかく朝からてっぺんを超えるまで働き続けました。
そうして緊張と汗まみれの日々を過ごすうち、緊張との付き合い方がだんだん分かってくるようになりました。
これまでの僕は、緊張自体を悪いものだと捉えていましたがそうではなく「相手に良いものを提供しなきゃという気持ちの表れである」という当たり前の気づきを得ました。
それから緊張にも「良い緊張」と「悪い緊張」の2種類が存在する、ということも分かってきました。
僕の場合は、手足から温度が失われ思考が止まり、おでこから発汗をともないオロオロするのが「悪い緊張」。
それから、背中がじんわり熱くなって腕には鳥肌が立つような高揚感をおぼえ、頭がクリアになるのが「良い緊張」。
後者が訪れる機会は多くありません。
が、数少ない良い緊張を得られた瞬間をおぼえておき、その前にとった行動をルーティン化することで、自分の緊張をできるだけ良い緊張にもっていけるよう、コントロールすることを目指しました。
ただ、そのゴールはほど遠く、上手く行ったと思った次の日に悪い緊張にハマり、自分の無能さにヘコむ日々がつづきました。
そんな失敗続きの営業でしたが、朝晩かけずり回って2年くらい経った頃、緊張を受け入れながらもリラックスできるようになりました。
つまり、良い緊張に入れるよう、自分を制御できるようになったのです。
このときようやく僕は、本当の意味で営業マンになれたと感じました。
ただ、自分の営業力が本当に通用できるものになったのか、確証はもてませんでした。
その自信を得るには、売る商材も分野も未経験のものに変えてゼロから取り組み、どれだけの成果を残せるのか確認するしかないと思いました。
そのことを確認するためだけに、表面処理の会社から全く畑違いの食品会社であるネスレ日本に転職しました。
正気の沙汰ではなかったと思いますw
会社からはおそらく期待されていなかったのでしょう。
全国の中でも売上の多くない青森県担当になりました。営業先はこれまで未経験の医療施設、商材もなじみのない栄養剤。
僕自身にどれだけの営業スキルが付いたのか試すには、ある意味これ以上の舞台はないといってもいいくらいでした。
初期こそ津軽弁が何を言っているか分からない(「せばだばまいねびょーん」→「それはだめでしょ」みたいな)という苦労はありましたが、北東北の地でめきめきと売上を伸ばしてきました。
本州の端っこにいる営業マンが、地の利にすぐれる首都圏の売上に食い込み続けるという異例な現象を成し遂げ続けるうちに「アイツはなんだ !?」と注目を浴び、ネスレ日本に転職してから2年後、本社に異動することにつながりました。
ここで営業からマーケティングに職種が変わり、自分の時間が持てるようになりました。
プランB
これまで仕事に邁進してきた人生でしたが、ここでようやく「僕にとってのプランB」を考え、行動するようになったのです。
僕はコンプレックスを克服するまで、会社にその身を捧げ続けるサラリーマン人生でした。
おかげで自分の弱点はつぶせたし、「営業」という何物にも代えがたいスキルが得られたことには感謝していましたが、同時に不安もありました。
それは「『会社』という看板がないと、自分は1円も生み出せない」ということです。
転職して会社の看板を良いものにしたところで、自分の力だけで稼ぐ土壌はひとつも育っていない。
自分の時間が持てるようになって人生を見つめ直すと、そういう当たり前の事実に愕然としました。
僕は会社員になる前、昔から叶えたいひとつの夢がありました。それが「小説家」です。
自分の力だけでお金を生み出すことを考えたとき、この昔の夢がふと頭によみがえってきました。
ここで僕は「『小説家』という自分の叶えたかった創作活動を、別の形で副業にできないか?」と思いました。
要は「文章を書いてお金をいただくこと」が、会社員というプランAが絶たれたとしても、その支えとなる「プランB」になるのではないかと考えました。
同じ頃、妻がクラウドソーシングで記事を執筆して納品し、サイト運営会社からその対価をもらう「ライター業」にいそしんでいました。
ライター収益は安いものでしたが、サイト運営会社自体は僕も知っているような大企業も多く、高い売上をあげていることは明白でした。
そこで僕がサイトを作り、その中で自分で記事を書いていけば、文章を書いて収益を生み出すという夢の実現にかなり近づくのではないかと思ったのです。
そして「マクリン」というサイトを立ち上げたのが、2017年の5月。ちょうど僕が、ネスレで本社に異動したときでした。
サイトを作ること自体がもちろん初めてなので、それなりの大変さはありました。とはいえ、自分の母艦を作る作業は楽しく、難しく、やりがいのあるものでした。
ただ、自己表現の文章とお金の生み出す文章は異なるものであるため、最初はそのギャップを埋めるのに苦労がともないました。
いくたびもの苦難を乗り越えて習熟し、記事を淡々と積み重ねることでサイトは育ち、副収入を生み出せるものへと成長していきました。
1年経って残業代をまかなえるようになり、2年経って会社員の収入と同じくらいになり、3年以上経った現在は、サイトが自分にとって生活の中心になっています。
プランAとプランBがそれぞれでしっかりと成り立っていることで、自分の本当にやりたいことだけを選択して生活することができています。
プランBができ上がったことで、ネスレ日本という会社の看板も必要なくなり、サイト運営と親和性の高いWeb関係の会社に転職を果たしました。
プランBを越えたプランC
ここに来て僕は「プランC」を考えています。
それが、サイト運営で培ったWebスキルと会社で培った営業・マーケスキルを組み合わせた、「コワーキングスペース運営」という、もう1つ叶えたかった自分の夢の実現です。
準備に半年以上要しましたが、僕の慣れ親しんだ北品川に「レイテラス」というコワーキングスペースをオープンすることができました。
その運営スキルはまさに、これまでの人生でつちかった集大成が求められるものでした。
営業スキルでお客様・企業様との関係づくり、マーケスキルでビジネスを成り立たせるためのアイデア立案や実行、Webスキルで公式ページ作成やSNS育成、SEO・MEO集客の強化。
プランAやBとは一味違う難しさもありますが、だからこそ人生の醍醐味を味わえています。
それもこれも会社員というプランA、サイト運営というプランBなくしては成し得なかったことです。
お互いにぜひ複数のプランで人生を多様化していきましょう。
5. まとめ
マクリンさんのご活躍は以前からTwitterで遠くから眺めておりましたが、ブロガーでオンラインサロンを運営されている方が、コワーキングスペースを運営されると聞いて、すごく気になってお声がけしたのがキッカケでした。
オフラインからオンラインに移行する人はいても、その逆でしかもオフラインのスペースを運営されるのは一見非効率で好まないだろうなという偏見を僕自身が持っていたからかもしれません笑。
そんなマクリンさんのキャリアは「弱点をつぶす」というちょっと変わった切り口で切り拓かれてきたことを今回初めて知りました。
一方で昔からの夢である「小説家(文章を書いて稼ぐ)」についても、ネスレという大きな会社に属しながら(しかも活躍しながら)挑戦されています。
半導体メーカーで営業技術→表面処理会社で営業→ネスレで営業→ネスレでマーケティング→メディア営業
※その傍ら、サイト運営・オンラインサロン運営、そしてコワーキングスペースを経営
これだけ見ると、一見何の関連性もないように見えますが、自分の弱点をつぶしつつも、自分の強みを発見し、そしてやりたいことに近づけるキャリアを切り拓いているのが分かります。
現在は、プランAからプランB、そしてプランCまでそれぞれが充実されていることが伺いしれます。
次々と手を打たれていくマクリンさんの今後に目が離せません!
ぜひ次はプランDが見えてきたころにお声がけさせてくださいませ笑。
それでは、この度は記事と寄稿頂き誠にありがとうございました。
6. この記事を書いた人
マクリン
Twitter: @Maku_ring
ガジェットブログ「マクリン( makuring.com)」とコワーキングスペース「レイテラス( ray-terrace.com)」を運営。副業ブロガー向けのオンラインサロン「マクサン( makusan.jp)」運営者
7. あなたのプランB
この記事を読んでわかるように、成功している人の多くはプランBを常に考えて行動しています。
強力なプランBがあることでプランAはより輝きます。
副業(プランB)という副収入があるから本業(プランA)の選び方が変わる、転職の選択肢があるから本業でも挑戦できる、英語を勉強すれば仕事、生活の幅が広がる。
自分に最適なプランBを考えて、人生をより豊かにする生き方を見つけましょう。
「プランBのメリットとは何か?」「どうやってプランBを考えて良いかわからない」という人は、まず僕が説くプランBを読んでみてください。
プランBのすゝめ
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