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【あなたのプランB】20. まりー

第20回の「あなたのプランB」、今回は、Wharton MBA を持ち、英語・スペイン語も話せるトリリンガルのまりーさん(@maryoakleysan) に書いていただきました。

アメリカやスペインでバリバリ働いた経験をお持ちで、破竹の勢いでTwitterでのフォロワーも増やしているのまりーさんのプランBです。

みなさん熟読必須の内容となっていますので、お楽しみください。

僕が提唱する「プランB」の大切さについてまだ記事を読んでいない人は、別の記事で説明していますのでこちらを参照ください。

プランBのすゝめ

プランBの形は人によって異なり、「転職」や「英語」などのスキル・資格でもあり得ます。

皆さんもまりーさんのように挑戦的なライフを真似して、明日からすぐに行動してみましょう。

1. まりーさんのキャリア

マリー

ニューヨーク郊外のヘッジファンドで働くトリリンガル。海外在住30年のアラフィフ。アメリカ人の夫と15歳の娘と3人暮らし。

去年の7月にTwitter始めて6ヶ月半で3万人フォロワー達成しました。主に投資やキャリア、海外生活について英語と日本語の二か国語で発信しています。最近は、メンバー500人超の無料の英会話サークルも主催しております。

2. まりーさんにとってのプランB

波乱万丈な人生を送ってきました。私の今までの経歴をざっと書くと

  • 東京で生まれ育ち、東京の大学に進学する。
  • 大学3年の時に1年間アメリカの大学に留学する。
  • 新卒でスペインの銀行に就職する。
  • スペインの銀行からアメリカのWharton Business School へMBAを取りに行く。
  • ニューヨーク大手証券会社で現地採用になる。
  • 著名な証券アナリストを目指すも芽が出ず挫折。転職。
  • ヘッジファンド証券アナリストになる。
  • ヘッドハントされて別の大手証券会社に転職。
  • 娘との時間を増やすためにフレックスに転職。
  • リーマンショックで解雇される。
  • アメリカの大学に入り直し、教員免許を取る。
  • アメリカの公立高校で数学教師になる。
  • 3年目に新任できた副校長になぜか嫌われ4年目からいびられる。
  • 5年目に転職を決意。大どんでん返しで金融復帰を果たす。←今ここ。

 

私は新卒ですぐ日本を出てしまったので、日本では学生バイト以外で働いたことがないんです。

ですので、日本で働く方のように「会社に所属する」という意識が初めからありませんでした。意識的には私はいつも「私」という会社のCEOなんです。

よって「わたし株式会社」が一番業績を上げられる所に常に目を向けていました。

つまり、現状(プランA)に満足することなく、常にもっといい所はないか(プランB)を模索し、もしプランB>プランAと判断すれば、すぐに行動に移していました。

だからこそ、こんなに色々経験することになったんだと思います。少し例をとって具体的に説明します。

大学時代

私はバブル全盛期に大学生、という恵まれた年代でした。

友達たちはバイト、部活、パーティー、飲み会に明け暮れ、勉強している学生はほとんどいませんでした。

でも私は大学時代に留学しないと後で後悔すると思っていたので、親に反対されつつも強引に実現させました。

この場合、プランAは日本で大学生。プランBはアメリカ留学。私の中ではプランB>プランAだったんです。

大学新卒就職

1年のアメリカ留学から帰ってきたのが大学4年生の1月。

もちろん、就活は全て終わっています。プランAは大学を計画留年して一年残り、就活をすることでした。

ところが、大学でたまたま見つけたスペインの銀行の奨学金制度の張り紙が気になり、応募することに。運よく合格。急遽プランB(卒業してスペインで就職)が俄然、魅力的になり、結局4年で卒業してスペインへ行きました。

今思えば新卒就職という安定(プランA)を蹴って、1年後の職の保証のない1年間だけの奨学金制度の就職(プランB)を選んだのですから、無鉄砲としか言いようがないですが、幸い1年後、スペインで現地採用になりました。

MBA留学

スペインでは足掛け5年働きました。着いた直後はスペイン語は全く知らなかったのですが、必死に勉強し、一年後には銀行業務に困らない位まで上達していました

このスピードはかなり早いと思いますが、英語がすでに話せた、つまりスペイン語が第二外国語だった事が大きかったと思います。感覚的には外国語というより方言を習っているような気分でしたね。

スペインで働くのは最高に楽しかったです。スペイン人はラテン系の人種なので誰でもすぐに親友になってくれます。

寂しい、と思う瞬間が一度もないくらい毎日飲み会、パーティー、小旅行。初めて会った人でも友達の友達ならすでに大親友です。あの生活を20代前半に出来たのは幸せでした。でも20代中盤になり、これでいいのか?と考えたのです。

私の働いていた銀行はスペインの中でもかなり最高峰のバリキャリに位置する職場でした。

でもそんな職場でさえ、みんな生きること、楽しむことに貪欲で、仕事は最小限。クビにならない程度に働こうって人がほとんどでした。

そんな中、私は遊びつつも仕事を真剣にやったので、どんどん出世して銀行の常務レベルの方たちからも目をかけられるようになりました。

たった一人の日本人女子ということで目立ったということも幸いでした。

 

でも周りの先輩方を見ると何十年も同じ仕事を続けている人ばかり。

しかもみんなそれでハッピーなのです。快適に生活できるお給料がもらえて最小限の仕事をして毎日楽しんで何が悪い?

確かにそうです。

でも私は違ったんです。もっと違う世界が見たかった。だから、アメリカのMBAに出願することにしました。

毎日仕事の後、お昼休み、週末、隙間時間に必死に勉強してGMATとTOEFLの点を取り、懸命にエッセイを書いていくつかの名門MBAに合格しました。

そして目をかけてくれていた上層部の方達に相談したら銀行が留学費用を出してくれることになったのです。

 

この場合、プランAはそのままスペインの銀行で働くこと。あの時MBAに行かなかったら今でもスペインの同じ銀行で働いていたかもしれません。

それも人生ですが、私はプランB、MBA留学を選択。振り返ると私の人生のテーマはいつも安定よりワクワクなんだと思います。

私にとってのプランB

私にとってのプランBはプランAがうまく行かなかった時のための代替案ではなく、いつでもプランAにとって変わる可能性のある「ワクワクすること」なんです。

人生短いですから、プランBの方が楽しそうと思ったらたとえ安定(プランA)を捨てる事になっても躊躇せずに選択してきました。

 

もちろんプランAがうまく行かなくてプランBに切り替えた事も何度もあります。

でもいつもそうやってプランAがうまくいっている時もうまくいっていない時も関係なく、常にプランB候補へのアンテナを最大限に伸ばしてきた習慣のおかげで、プランAに失敗した時も大して落ち込む事もなくすぐにプランBに気持ちを切り替えられたのです。

 

言い換えれば私にはいつも「あれやってみたい」と思っているプランB候補がたくさんあるのです。

だから、プランAがうまく行かなくなったらガッカリするより、よし「あれ」に挑戦する時間ができたぞ、と考えるタチなのです。

いくつになっても好奇心旺盛。しかもやる気になれば私はなんだってできる、と自分を信じているので挑戦はWelcomeです。

3. プランBを考える上で影響があったもの・人

振り返ると私のこのちょっと変わった人生は大学3年の時に留学した時から始まったと言っても過言ではないと思います。

留学するまでの私はごく普通の女子大生でしたから。

アメリカ留学でアメリカ人大学生や海外からの留学生たちと一緒に勉強する中で私の価値観が180度変わりました。

価値観の変化の方が得た語学力より私にはずっと大きなインパクトがありました。

その価値観の変化を一言で言えば「勉強することはカッコいい」という考えでした。

 

留学するまで私は勉強する事はかっこ悪いと思っていました。

日本の大学でかっこよくて大企業に就職していく先輩方はみんな成績は落第ギリギリで留年する人もいました。

でもスポーツやイベントなどでリーダーシップを発揮してる、みたいな人ばかりでした。言うなればちょっと不良の方がいい、みたいな感じですね。

勉強してる人達は「オタク」と呼ばれ、キャンパスの隅の方に生息しているイメージでした。

 

でも私が行ったアメリカの大学は違いました。みんな必死に勉強する。Dean’s List と言って成績優秀者は名前が発表されて学長とのティーパーティーに招待されます。

成績優秀者がリーダーになり、いい会社に就職していくのです。

私はその溢れる「頑張りのエネルギー」に触発されて必死に勉強し、英語もたいして出来ないところから始めたのに、なんとアメリカの大学でオールAを取りDean’s Listに載りました。

必死に勉強するのも、オールAを取るのも生まれて初めての経験でした。

その達成した快感と「なんだ、私ってやればできるじゃん。」という自信。

この経験が私のその後の人生の原体験になっていると思います。

 

留学前と留学後では私は別の人間になっていました。

留学に行く前は「優」と「良」とが半々、「可」も多少ありましたが、帰ってからの大学の残りの単位は全て「優」。スペインの銀行でも人一倍働いて、勉強して爆速出世。

世界ナンバー1を何回も取っているWharton Business Schoolにも塾など使わず自力で合格。それ以後もいつも全力で勉強、挑戦、成長する人間になりました。

4. まりーさんがこれから持っておきたいプランB

今は現在やっている仕事(プランA)は最高にチャレンジングで楽しく、今あるどんなプランBよりワクワク感が高いため、しばらくやめるつもりはありません。

ですが、もし何かもっと楽しそうなプランBが出現したら、こだわりなくすっぱりやめると思います。今までもずっとそうしてきました。

 

そしてもし何かの理由でクビになる、あるいは仕事が楽しくなくなる、というプランA崩壊状況になったら、おそらく私は大学に入り直して博士号を目指して研究すると思います。

それが今の私の一番興味のあるプランBです。私もすでにアラフィフ。かなり稼いできましたし、投資益もあるので働かなくても水準をそれほど落とさずに生活できるくらいの資産があります。

もし今仕事がなくなったら、おそらく興味のある事を収益性全く関係なくとことん研究してみたいと考えると思います。

 

私のプランBは常にアップデートされています。

今日のナンバーワンプランBが明日のナンバーワンとは限りません。

いつもアンテナを全開に広げてもっとワクワクする事はないか模索しています。

だから私は本を読んだり、興味を持った人から話しを聞いたり、Twitterを真剣にやったりして、常に情報収集をし、人脈を広げているのです。

いくつになっても常に現在を最大限楽しみつつ、次のワクワクも模索している人間であり続けたいと思います。

5. まとめ

「会社に所属する」という意識ではなく、「わたし株式会社のCEOとして、一番業績を上げられるところに目を向ける」

そう語る、まりーさんに今回は寄稿頂きました。

突如、Twitterに現れ、多くの方に支持されているまりーさんの冒頭にある経歴を見ると、とても一人の人生とは思えないほど多様なご経験を積まれていることに驚きを隠せませんでした笑。

今回記事を拝読させていただき、常に「プランB=いつでもプランAにとって変わる可能性のあるワクワクすること」という考えが根底にあるからこそ、様々な経験を前向きにされているんだと改めて感じております。

また僕自身、この企画を始めた際に「プランBは、プランAを守るもの、そしてより充実させるもの」と考えておりましたが、まりーさんのように常にワクワクすることが周囲にあれば、プランBは必然的に、いつでもプランAに取って代われる魅力的なものであると気付かされました。

既に十分な資産も築かれているまりーさんが、Twitterも含めて新しいどん欲に様々なことにチャレンジされているのは常に「ワクワクするプランB」を探し続けている証で、それが多くの方(フォロワー)の心を掴んでいるんだと思います。

この度は、改めて記事を寄稿いただきお礼申し上げます。

今後共どうぞよろしくお願いいたします。

6. この記事を書いた人

マリー

 

まりーさん

ニューヨーク郊外のヘッジファンドで働くトリリンガル投資プロ

7. あなたのプランB

この記事を読んでわかるように、成功している人の多くはプランBを常に考えて行動しています。

強力なプランBがあることでプランAはより輝きます。

副業(プランB)という副収入があるから本業(プランA)の選び方が変わる、転職の選択肢があるから本業でも挑戦できる、英語を勉強すれば仕事、生活の幅が広がる。

自分に最適なプランBを考えて、人生をより豊かにする生き方を見つけましょう。

「プランBのメリットとは何か?」「どうやってプランBを考えて良いかわからない」という人は、まず僕が説くプランBを読んでみてください。

プランBのすゝめ

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